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「20代の経験」は裏切らない。マンガ家・矢島光が歩んできた道

矢島光

マイナビウーマンのコア読者は“28歳”の働く未婚女性。今後のキャリア、これからどうしよう。結婚、出産は? 30歳を目前にして一番悩みが深まる年齢。そんな28歳の女性たちに向けて、さまざまな人生を歩む28人にインタビュー。取材を通していろんな「人生の選択肢」を届ける特集です。

取材・文:高橋千里/マイナビウーマン編集部
撮影:洞澤佐智子

「特集『28歳に贈る28の選択肢』、読んでますよー! でもなんか、すごすぎる人たちがすごいことを言っていて、ちょっと自分事として読みにくいですよね?」

そう言って屈託なく笑うのは、サイバーエージェント出身のマンガ家・矢島光さん(31歳)。代表作は、新潮社ROLAで連載されていたWEBマンガ『彼女のいる彼氏』

この特集『28歳に贈る28の選択肢』では、さまざまな人生を歩む芸能人・著名人にインタビューを続けている。

今のキャリアを選んだきっかけとか、人生の分岐点とか。まぶしいくらいキラキラした経歴やエピソードを取材して記事にする本企画。だけど正直、自分とはどこか違う世界に生きている人のようで、あまり踏み込んだ質問ができないこともある。

ほんとはみんなもっと、失恋して大泣きしたり、自信をなくしたり、何もかもうまくいかなくて死にたくなった夜だってあるはずだ。

だけど矢島さんになら、今日はどんなことを聞いても許してもらえるはず。取材でお会いした時に彼女が発した冒頭の第一声で、そう確信した。

華やかな会社員時代を「心から楽しめなかった」

大学4年生の就活で内定をもらったサイバーエージェントの会社員になるか、新人賞で佳作を受賞した「週刊モーニング」のマンガ家になるか、20代前半にして人生の分岐点に立たされた矢島光さん。

悩んだ末、まずは社会人経験や安定収入を得ることを優先し、フロントエンドエンジニア職としてサイバーエージェントへの入社を決める。

「サイバーエージェントでは飲み会も頻繁にあったし、『恋するフォーチュンクッキー』のダンス動画も撮りました(笑)。だけど私はずっと、心からは楽しめていなくて」

会社員生活を心から楽しめなかった理由。それは、矢島さんの心の中に「マンガを描きたい」という思いが張り付いていたからだった。

「世間的にはとても華やかな会社。仕事は好きだし、楽しくもありました。当時の同僚で今も仲が良い子もいます。ただ、もっとマンガを描きたい気持ちが日に日に強くなってしまって。

10時の始業前に担当さんと打ち合わせをしたり、描いたマンガを出版社に持ち込んだりもしていました。だけど、すぐに連載が決まるわけでもなく、ずっと心が充実しなかったです」

土日のみならず、有給を取ってまでマンガに打ち込む時間を増やしていった矢島さん。疲れが少しずつ積もっていったある日、上司からのちょっとしたフィードバックをきっかけに、退職を決意した。

「デザインに対するささいなコメントだったのですが、最後の一押しってそういう何気ないものなのかも、と思いました」

初めての連載『彼氏のいる彼女』

「自分の100%のリソースをマンガに注ぎたい」。矢島さんが抱えていたふつふつとした信念は、サイバーエージェントを辞めた後に花開くことになる。

彼女が会社員の頃からコンタクトを取っていた、新潮社のWEBメディア「ROLA」。サイバーエージェント退職後、ROLA編集長との雑談で出た「会社員時代に経験した恋愛を物語にしてみよう」という話をきっかけに始まったのが、初めての連載『彼女のいる彼氏』だった。

「作品を読むと、理想の恋愛なんかよりも、しんどいエピソードが多いことに気付くと思います。でも、ポジティブなだけではない実体験が作品に散りばめられていることがリアリティにつながって、読んでくれる人が増えていきました」

自身が経験したサイバーエージェント時代の仕事・恋愛エピソードを織り交ぜたマンガ『彼女のいる彼氏』は、WEBマンガが流行し始めた2015年に大ヒット。連載当初からSNSを中心に多くのファンを集め、単行本化やタイアップ広告なども展開された。

『彼女のいる彼氏』ep.17:涙の星空バータウン より

フルカラーの隔週更新はとても忙しく、当時27~28歳だった矢島さんは自分のケアも捨て、締め切りに追われて髪を振り乱しながら描いていた。

“漫画の師”坂本拓先生の教え

多くの読者に愛され続けた『彼女のいる彼氏』が最終回を迎える頃、バトントワリングを題材にした新連載の執筆が決まる。

新連載にあたり「キャラクターの顔や表情をもっと立てていきましょう。修行してください」と編集者から紹介されたのが、矢島さんが“漫画家の師”と仰ぐ坂本拓先生だった。

「坂本先生が『ほんのちょっと黒目を足してみようか』って修正をするだけでキャラクターの目が生き生きとしたり、『鼻の位置をほんの少しずらそうか』と言われた時もバチッと顔全体のバランスが整ったり。あれは衝撃でした」

こうして全体に目を配りながら細部にこだわっていくことが、マンガで表現する幅を広げ、描きたいテーマの深掘りにもつながる。それを実地で学べた日々は、今でも忘れられない大事な時間だったと矢島さんは語る。

「これが29歳の時でした。学生を終えても、社会人になっても、そこから年を重ねたとしても、人生を変えるような出会いは待っているんだなと思いました」

「ヤングジャンプ連載」大チャンスを生かせなかったトラウマ

新連載『バトンの星』は「週刊ヤングジャンプ」に掲載された。

「誰でも一度は見たり聞いたりしたことがあるだろうマンガ雑誌での週刊連載。強い意気込みで立ち向かったつもりでしたが、裏返すと、すごく気負っていました」

題材の「バトントワリング」は、矢島さんが学生時代に体験していた芸術スポーツ競技ということもあって、とても思い入れは強い。マンガ家としても大きなチャンスとなる新連載。私生活では新しい彼氏ができて、まさに絵に描いたような絶好調な時期に思えた。

しかし、この連載はわずか10回で終わってしまう。一体彼女に何があったのだろうか。

「連載準備中にできた当時の彼氏は、高級な“映えご飯”や若手ベンチャー社長との付き合いをSNSにアップしたい人。私に『もっと男の人と遊んでいいよ』とアドバイスをするなど、理解に苦しむことが多かった。だったら手放せばいいだけなのに、理解しようと一生懸命バカな努力をしていました。好きだったんですよね」

私生活で精神的に傷つきつつも仕事は頑張ろうとしていたが、それまで経験したことのなかった不調が矢島さんを襲う。

「初めての週刊連載で、スケジュールが本当にタイトで。だけど思い入れのある題材だったので、半端な作品を描きたくもなく。昔から知ってるマンガ雑誌だというプレッシャーもあって、確保した睡眠時間にちゃんと眠ることができなくて、食欲が落ち、どんどん痩せていく。そんな自分を責めてしまう。

そのタイミングで30歳の誕生日を迎えて『若さがなくなっちゃった』と焦る。絵に描いたような負のスパイラルに陥ってしまっていましたね……」

当時を振り返りながら、ぽつりと「死にたかった」とこぼす。その一言に、抱えていた情緒の全てが詰まっている気がした。

休養と準備期間を経て、新連載『光のメゾン』へ

連載の不本意な終了もあり、メンタルも体調も崩してしまった矢島さん。

「そんな時期に、コミックアプリPalcyの編集長と出会ったんです」

『彼女のいる彼氏』を読んでいたというPalcy編集長から連絡をもらい、久しぶりに作品を作ることに。

「当時、本当に調子が悪くて、連載を描けるかどうか分からないと思ったんです。でも、短いネームにも着実にコメントをくれて、一緒に膨らませていくうちに、1話分のネームができあがって。凄腕編集者ってこういうことなのか、すごいなと思いました」

その後、打ち合わせを重ね、連載頻度にこだわりすぎず、矢島さんにとって質を上げながら最適なペースを作りつつ進められる新連載『光のメゾン』がスタートした。

「紙に刷った雑誌を毎週本屋さんに配本しているマンガ雑誌では、今の私のやり方は“わがままを聞いてもらっている”状態になってしまうので、アプリ媒体で一緒に新しい作品を作ってくれる編集長の存在は、私にとってありがたかったです」

そう話しながら、コミックアプリでのマンガ連載に、独特の懐の深さを感じているようだった。

「自分自身、最初は会社員を選んでいるし、人生の選択に迷いはあって当然だと思う。大変なことがあったとしても、その大変なこと自体が初めの一歩や物語の厚みを支えてくれることもあるし、一度失敗したら終わりなんてことは絶対ない。20代に積み上げてきたスキルや経験は裏切らないです」

30歳になる瞬間に「若さがなくなっちゃった」と絶望していた過去の矢島さん。若さというのは本来“ある”か“ない”かで語るものではなく、グラデーションであるはずだ。しかし、30という数字は、人を極端な思考に陥らせることがあるのだろう。

今は「ポジティブなこともネガティブなことも全部まとめて引き受けられるようになっていくことが、年を重ねる利点なのかもしれない」と笑いながら話す。

「まだ30代が始まったばかりなので、未来のことは分からないけれど、今描いている作品の未来は楽しみにしてます。私生活は、まあ、きっといいことがあるはずと」

一概に「今つらくても、明るい未来が待ってるよ」なんて無責任なことは言えない。

それでも、「死にたかった」ほどの挫折を経て今こうして笑っている矢島さんを見ていると、つらいことがあっても、もう少しだけ前を向いてみようという気持ちになれる。

そう信じて、一歩ずつ進み続けるしかないのだ。たまに休んでも、後ろを振り返っても、寄り道してもいいから。

数年後の自分が「あの経験があって良かった」と心から笑えるように。

INFORMATION

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※この記事は2020年09月02日に公開されたものです

矢島光

漫画家。元サイバーエージェント社員で、フロントエンジニアとして活躍後、漫画家としての活動を開始。新潮社ROLAのWEB連載にて『彼女のいる彼氏』を掲載。現在はマンガアプリ「Palcy」にて『光のメゾン』を連載中。

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