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人類の知能の進化(じんるいのちのうのしんか)では、人類の知能がいかに進化したかの解明を試みた一連の理論を説明する。この設問は人間の脳の進化および人間の言語の起源と深く関わっている。
人類の進化の期間は700万年にわたるもので、それはチンパンジー属からの分化に始まり、5万年前の現代的行動の出現に至るものである。この期間において、最初の300万年はサヘラントロプス、次の200万年はアウストラロピテクスに関するものであり、最後の200万年が実際のヒト属(旧石器時代)の歴史にまたがるものである。
共感、心の理論、哀悼、儀式、シンボルと道具の使用といった人間の知性の多くの特質は、大型類人猿において既に見られるが、人間よりは洗練されていない。
チンパンジーは食物獲得や示威のため、道具を作りそれを使用する。協力体制、意思伝達、序列を必要とする、洗練された狩りの戦略を彼らは持っている。彼らは社会的地位を意識しており、目下に指示を出したり、相手を詐術にはめることができる。彼らはシンボルの使用を学習でき、ある種の関係性を備えた構文や数・数列の概念を含めた、人間言語のいくつかの側面を理解できる[1]。
ある研究によると、数の記憶を必要とするいくつか課題において、若いチンパンジーは人間の大学生より良い成績を出している[2]。チンパンジーは共感の能力を持ち、野性の状態において亀に餌を与えたり、(パイソンのような)野生動物に興味を示すことが報告されている。
1000万年ほど前、地球の気候は寒冷・乾燥期に入り、その結果約260万年前から氷河時代が始まった。 その結果起こったことの一つとして、北アフリカの熱帯雨林が縮小し始め、まず開けた草原に置き換わり、ついには砂漠(現在のサハラ)になった。これは樹上生活をする動物に対し、新しい環境へ適応するか、死滅するかを迫るものだった。彼らの環境が一面の森林から、ひらけた平地で隔てられた継ぎはぎ状の森へ変わってゆくにつれ、一部の霊長類は部分的もしくは完全な草上生活へと適応した。ここに至り、彼らはそれまで無害だったライオン・トラなどの捕食者と直面することになった。
一部のヒト亜族(アウストラロピテクス)は、胴体を地面と垂直に保持し後ろ足で歩くという直立二足歩行を身につけることによってこの困難に適応した。また前足(腕)が歩行動作から自由になり、(代わりに)食物を集めるといった動作に手を使えるようになった。ある時点で、二足歩行の霊長類は利き手を身につけた。これにより彼らは棒、骨、石を手に取り、それを武器にしたり、小動物を殺したり、ナッツを砕いたり、死体を切り刻んだりする道具として使うことが可能になった。言い換えれば、それらの霊長類は技術の使用を発達させた。二足歩行し道具を使う霊長類はヒト亜族を形成し、サヘラントロプスのようなその最も初期の種は700-500万年前頃に存在した。
そして最も肝心な事は、直立二足歩行を行う事によって、頭部が胴体の直上に位置するようになった事である。これにより頭部の姿勢が極めて安定し、他の四足歩行の動物と比べ、体躯に比して極めて大型の頭部を支える事が可能になった。ひいては、他の動物に比べてより大型の脳を持つ事を可能にしたのである。その結果、約500万年前からヒト族の脳は大きさと機能分化の両面で急速に発達し始めた。
240万年前までにはホモ・ハビリスが東アフリカに出現した。これは知る限り最初のヒト属であり、初めて石器を作った人々でもある。
道具の使用は進化の上で決定的な利点をもたらし、その作業(道具の使用)で要求される巧みな手の動作を調和させるために、より大きくかつ洗練された脳を要求した。前述の通り、直立二足歩行を行う事によって、ヒト属は脳の巨大化を可能とした。しかし脳の巨大化という進化は、初期の人類にある問題をもたらした。すなわち大きな脳には大きな頭蓋骨が必要であるため、新生児の大きくなった頭蓋骨を通すために、より大きな産道を女性は持つ必要が生じた。しかし女性の産道があまりに広くなりすぎると、彼女の骨盤は広くなりすぎ走れなくなってしまう。走る能力は200万年前の危険な世界ではまだ必要だった。
これの解決法は、頭蓋骨が大きくなりすぎて産道を通れなくなる前、胎児の発生の早い段階で出産してしまうというものだった。 この適応により、人間の脳は増大し続けることが可能になった(しかし適応は十分とは言えず、産道を無事通る事ができない事例がしばしば生じた。現代に至って、多くの人間が帝王切開により生まれている)。
しかしそれにより、新しい試練も課されることになった。未熟な段階で子供が生まれる事によって、その子供が成熟するまで、長期間にわたり世話しなければならなくなった。さらに直立二足歩行という、高度な身体能力が求められる歩行方法は、習得するに長期間の訓練が必要である事も、子供を世話する時間の長期化の原因となった。これにより人間集団は機動性を奪われ、ますます一箇所に長い間留まるようになった。それにより女性は子供の世話を行なえるが、男性は食物を狩ったり、食物源(猟場)をめぐり対立する他集団と争ったりした。結果として、人間は他の動物や人間と争うために、より道具の作成に依存するようになり、体格や体力に依存しなくなった。
およそ20万年前、ヨーロッパと近東にはネアンデルタール人の集落があった。4万年前にその地域に現代人類が現われ、次いで2万年前にネアンデルタール人は絶滅した。
17-12万年前、ホモ・サピエンスは東アフリカに初めて出現した。それらの初期の現代人類がどの程度に言語・音楽・宗教などを発展させていたかは明らかでない。
その後、5万年ほどかけて彼らはアフリカ中に広がり、10-8万年前にはホモ・サピエンスの3つの主流が以下のように分岐した。
現代的行動へと完全に至る「大飛躍」はこの分岐があって初めて起こったものである。道具の制作や行動における急速な洗練化は、8万年ほど前から明白となり、続いて6万年ほど前の中期旧石器時代の最末期にかけてアフリカ大陸外への移住が始まった。(アフリカ単一起源説も参照のこと。)造形美術、音楽、自己装飾、取引、埋葬儀式などを含む今日レベルの現代的行動は3万年前には明白なものになった。先史美術として認められる最古の例はこの時代、すなわち先史ヨーロッパのオーリニャック文化とグラヴェット文化まで遡る。例としてヴィーナス小像と洞窟壁画(ショーヴェ洞窟)、最古の楽器(ドイツの Geissenklösterle (en) の骨製パイプで約 36,000 年前に遡る先史音楽)が挙げられる[3]。
この仮説はロビン・ダンバーが提案した。人間の知性は本来、環境上の課題を解決するために進化したのではなく、大規模かつ複雑な社会集団の中で生き抜くために進化したとするもの。大きな集団内での生活に関する振る舞いのうちには、互恵的利他主義、詐術、協力関係の構築がある。これらの集団力学は、心の理論や、他者の思考や感情を理解する能力に関係する[4]。
社会集団の規模が拡大したとき、集団内の個体間関係のバリエーションが桁違いに増える場合があるとダンバーは指摘した。チンパンジーは約50匹の集団で生活する一方、人間は典型的には約150人の社会集団を形成し、それはダンバー数と現在呼ばれている。社会脳仮説によると、ヒト科が大集団で生活を始めたとき、高い知性を指向する選択性が働いた。その根拠として、ダンバーは様々な哺乳動物における大脳新皮質のサイズと集団規模との相関関係を引き合いに出している[4]。また、労働も知的能力の向上に貢献した可能性がある。その知的能力の向上が労働の複雑性を高め、言語や高度な技術を生み出した可能性がある。
このジェフリー・ミラーによる仮説では、人間の知性は、狩猟採集生活で必要とされるというには不釣合いなほど高度に洗練されており、また言語、音楽、絵画といった知性の現れは、昔のヒト科の生存にはなんら実用性を持たず、単純な適者生存の枠組みでは説明がつかないが、適応度の示標と考えれば説明がつくとする。つまり、ヒト科の進化の過程において、知性は健全に成長するための遺伝子を備えていることのシグナルとして選択淘汰されてきたと主張し、ランナウェイ説が提唱する、配偶者選択の正のフィードバック・ループにより比較的短期間での人類の知性の進化が説明される[5][6]。
人間の知性の進化とは「生態学的支配-社会的競争」(ecological dominance-social competition, EDSC) であるとする、ひろく支持されている仮説[7]。主にリチャード・アレクサンダーの研究に基づいて、Mark V. Flinn、David C. Geary、Carol V. Ward が提唱した。この仮説によると人間の知性は、人間がその居住地を支配することによって目覚しい段階まで進化することができた。その結果、最も重要な「競争相手」は自然環境でなく、同じ人間である他人や他集団ということになった。
それによって初めて、複雑な言語形態による概念のやりとりといったより高度な社会的技能を、人間は遺憾なく発達させた。競争相手が自然から自らの種へと変化したため、指導力や承認を求める他の構成員に対し、より高度な社交スキルによって、いかに巧妙な手段で打ち勝つかが重要になった。社交的で話し好きである人ほど、容易に自ずと(配偶者として)選択されたであろう。
大きな頭部を持つ新生児はそれだけ出産が困難であり、大きな脳は栄養と酸素をそれだけ必要とする点でコストがかかる[8]。しかし、より大きな脳を発現させる対立遺伝子は現代社会においても継続的に拡散しつづけている[9][10]。この事は、より賢い人間が間接的に選択上の有利さを持つ可能性を示唆する。
人間の賢さは、寄生虫や病原体に対する全般的な抵抗力を端的に示す指標として、性選択という文脈で自ずと選ばれたものだとする最近の研究がある[11]。幼少時の感染によって認知能力が深刻に損なわれている人は多く、百万人につき百人という単位と見積もられる。医学的な基準に照らして「病気」とはみなされない、深刻でないにせよ何らかの精神的障害を持つ人はさらに多く、彼らも潜在的な配偶者候補たちから相手として不足とみなされるかもしれない。現在、人間の認知能力に対し地域を問わずダメージを与えている病原体として主に挙げられるものには、髄膜炎、トキソプラズマやマラリア原虫といった原生生物、回虫や住血吸虫といった寄生虫がある[12]。
かように、広範・有毒・原始的な伝染病は重要な役割を果たしている。この状況を踏まえると、より賢い配偶者を求める我々の性的指向は、最も抵抗力のある対立遺伝子を子孫が受け継ぐ可能性を高めることになる。配偶者を選ぶにあたり、美しい(と本人が感じるところの)容姿、身長、社会的地位(すなわち裕福さや名声)、思いやりや誠実さといった性格的特徴をもとに配偶者を選ぶ人たちがいるように、生存性の高い優れた遺伝子の顕われを人々は探しているだけである。知性とはそうした顕われの一つであると思われる。
群選択理論とは(一族、部族、あるいはさらに大きな集団といった)集団に利益を与えるような生物的特性が、上に挙げたような個々人の欠点があろうとも、進化可能であると主張する。(言語、個人間で意思疎通する能力、他人に教える能力、そしてその他の協調行動といった側面における)知性を持つことによる集団としての有利さは、集団が生き残る潜在的可能性を高める点で明らかに有益である。
遺伝的に子孫へ受け継がれるのでなく、個人によって非定型的に保持される事柄(この場合、外界に関する経験や情報)の習得にその実用性で依存する、遺伝的に受け継がれた特質のひとつが知性である。そうした情報を習得し、子孫へ非遺伝的に伝達する生物の能力は、その子孫が自分自身で経験を習得する必要なしに親の経験から便益を得られ、集団としての利点の主たるものであろう。そして集団が経験をさらに蓄積してゆくことを可能にすることによって、個人の知性を本質的に倍増させるものであると考えられる。
古典的な進化理論に修正を加えて提案されている進化可能性理論は、訳あって限られたものとされている生物の寿命と、知性の進化との間の関係を示唆している[13]。すなわち寿命に制限が無かった場合、習得された特質(すなわち経験)は遺伝的に引き継がれた特質(すなわち知性)を上書きしがちになるだろう。歳をとりより経験を積んだ動物は、若く経験が足りないがより知性のある動物よりも有利になりがちであり、これが知性の進化を妨げることになる。この要因は、寿命を制限する生物的設計によって改善される。
適切に栄養が与えられる環境において、より高い認知機能が発達する[14]。妊娠期の母体内もしくは発達期の幼少時における、鉄、亜鉛、タンパク質、ヨウ素、ビタミンB群、ω-3脂肪酸、マグネシウム、その他の栄養分の不足は、知性を低める場合がある[15][16]。それらの摂取は知性の進化に影響しないものの、その発現を左右する。より高い IQ は、その個体が栄養状態良好な身体的・社会的環境の出身者・生活者であることの顕われかもしれない。一方、より低い IQ は、その子供(および/あるいはその母親)が栄養状態劣悪な身体的・社会的環境の出身者であることを意味するかもしれない。
アメリカ・スタンフォード大学のジェラルド・クラブトリー教授は、人類の知性が2000〜6000年前をピークにして少しずつ低下している可能性があるという研究を発表した。それによると、狩猟採取生活は一瞬の判断ミスで命取りになるため、知性、感情に安定性があるほど生存できる。このような自然淘汰によりこの時期最も知性が高い状態であったが、農耕生活により知性、感情の不安定性が生死に直接関係しなくなり、知性は低下の過程にある、と見ている[17][18]。
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