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アメリカ合衆国大統領の公邸及び官邸 ウィキペディアから
ホワイトハウス(英:White House)は、アメリカ合衆国大統領が居住し、執務を行う官邸・公邸。訳語は白堊館(はくあかん、旧字体:白堊館󠄁[1])。
ホワイトハウス White House | |
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ペンシルベニア大通りに面したレジデンスの正面 | |
情報 | |
用途 | アメリカ合衆国大統領官邸 |
設計者 |
ジェームズ・ホーバン チャールズ・フォレン・マッキム ベンジャミン・ラトローブ ネイサン・C・ワイエス |
延床面積 | 5,100 m² |
階数 | 地上4階、地下2階 |
高さ | 21m |
着工 | 1792年 |
竣工 | 1800年 |
所在地 | ワシントンD.C. ペンシルベニア大通り1600(地図) |
座標 | 北緯38度53分51.6秒 西経77度02分11.8秒 |
ホワイトハウスは、日本の「首相官邸」と同様に勤務するスタッフらを含めた政権中枢を指す通称でもある。アメリカ合衆国大統領行政府の中の一部局である「ホワイトハウス・オフィス」。「ホワイトハウス事務局」の日本語表記も見られる。前者の内、特に主要な4つの建物であるエグゼクティヴ・レジデンス、ウエストウイング(西棟)、イーストウイング(東棟)、アイゼンハワー行政府ビル、4庭園のローズ・ガーデン、ジャクリーン・ケネディ・ガーデン、ノース・ローン、サウス・ローンを「ホワイトハウス・コンプレックス」と総称する。
アメリカ合衆国の首都であるワシントンD.C.の中心部に所在し、その住所である「ペンシルベニア通り1600番地 (1600 Pennsylvania Avenue)」はアメリカで最も有名な住所である。
ホワイトハウスと、これに隣接するラファイエット公園 (Lafayette Park)、ザ・エリプス (The Ellipse)、およびホワイトハウス見学者オフィスは、便宜上、大統領公園(だいとうりょう こうえん)として国立公園に指定され、土地と建物は国立公園局が管理している。
大統領府であるホワイトハウス建設が開始されたのは初代大統領のジョージ・ワシントンのときで、1792年10月13日に礎石が置かれて着工したが、公式の定礎式は挙行されなかった[3]。
1790年にワシントンD.C.(コロンビア特別区)の設置と区画が決定され、フィラデルフィアに代わる新首都建設が始まると、ワシントンは大統領府のデザインをコンペで募集し、9件の最終候補の中からアイルランド出身の建築家であるジェームズ・ホーバンの案を採用した。ホーバンは、現在のアイルランド国民議会が入っているダブリンのレンスター・ハウスをモデルにした[4]。基礎部分は当時の黒人奴隷、石細工は主にスコットランド人が工事を担っていた。着工から8年後の1800年11月に完成したが、初代大統領のワシントンはすでに大統領職を辞していたばかりか前年に亡くなっており、完成した姿を目にする事はなかった。そのため、最初にこの大統領官邸に入居したのは第2代大統領のジョン・アダムズとなったのである。以後も大統領府はここに置かれ、200年以上経った現在でも首都ワシントンと共にアメリカの政治の中枢となっている。
建物は16世紀のイタリアの建築家アンドレーア・パッラーディオのパッラーディオ様式を採り入れており、イタリアのヴィチェンツァ郊外にあるヴィラ(邸宅)「ラ・ロトンダ」(1994年に世界遺産登録)に酷似している。パッラーディオ自身はヴィラ(邸宅)ではなく、パラッツォ(宮殿)と分類している。
1814年8月に勃発した1812年戦争のブラーデンスバーグの戦いでの敗北により、イギリス軍による焼き討ちにあい、石積みの外壁を残して全てが灰になってしまった。第4代大統領ジェームズ・マディソンは設計者のジェームズ・ホーバンを監督に任じ、焼け残った外壁を使って焼失前とほぼ変わらない官邸を再建し、1817年に完成した。この時焼け焦げた外壁を白く塗装したことから「ホワイトハウス」と呼称される[注釈 4]。現在も焼けこげた壁の一部は保存され、トルーマン・バルコニーと北ポルティコ付近で見ることができる。
焼き討ちから約200年経過した2018年、アメリカがカナダに対して国家安全保障を理由とした関税措置を発表して対立し、両首脳間で電話会談が行われた。ジャスティン・トルドー首相は国家安全保障を理由にすることはできないと説いたのに対して、ドナルド・トランプ大統領は過去にカナダ(実際はイギリス軍)はホワイトハウスを焼き討ちしたとして反論している[5]。
1902年には第26代大統領セオドア・ローズヴェルトがウエストウイングを増築し、それまで2階部分に入っていたスタッフのオフィスをここに移した。そして空いた2階を居住空間に全面改装したほか、1階部分にも若干の改修が施された。これを機にホワイトハウスは公式に「ワシントン・ホワイトハウス」(White House - Washington) と命名された。
1942年には第二次世界大戦中に第32代大統領フランクリン・ローズヴェルトが地下に防空壕を備えたイーストウイングを増築した。この防空壕は現在、大統領危機管理センターになっており、2001年の9.11テロ事件の際にも閣僚が避難している。
1948年に第33代大統領ハリー・トルーマンは、レジデンス2階の「イエローオーバルルーム」の外側にバルコニーの設置を試みたが、強度検査で老朽化による構造強度の劣化が判明し、全面的に解体改修工事を行われた。工事は再び石積みの外壁のみを残して内部を基礎部分を含めて全て創り直す大規模で、5年間かけた一大プロジェクトであった。そのため、ペンシルベニア通りを隔てて北側に位置する大統領の賓客用宿泊施設(迎賓館)ブレアハウス (Blair House) を仮の大統領府として一時的に機能させることになった。5年経った1952年に工事は完了して「トルーマン・バルコニー」が新設された。
グラウンドフロア (Ground Floor[注釈 5])
ステートフロア (State Floor[注釈 5])
セカンドフロア (Second Floor)
サードフロア (Third Floor)
合衆国シークレットサービス、合衆国議会警察、ワシントンD.C.首都警察、などが厳重に警備する。過去に銃撃事件があり、2011年11月11日は、駐車車内から大統領一家の住居棟に向けてライフル弾が発射されて命中した。2017年に、発砲音を探知する音響センサーと三角法を利用した新たな警備システムの導入を試験した[12]。 また、ミサイルや航空機等の攻撃に備え、ホワイトハウスの周辺に存在するビルの屋上に、NSAMAS防空システム、アヴェンジャー防空システムを設置している。
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